寺に居る理由 10

ホソキカズコ先生のたまわく。
「彼氏には昔のオトコの話するんじゃないよ!絶対ひくから!!」
わかってます。分かってますけど、この場合話さない方がアカンでしょう。
それに、彼氏じゃないし。
・・・・・・まだ。


気持ちは8:2くらいだった。

「新しい職場にも慣れてきて仕事が面白くなってきて自分のペースで充実した暮らしを送れるようになってきて、親も安心したところなのに〜。離婚して半年ちょっとしかたってないのに、もう色恋沙汰か?どうもこの人は、結婚したいという自分の願望のほうが突っ走って、私という人間を理解せぬまま押し切ろうとしているような感じがする。もしかしたら、私がバツイチだといったら退くんじゃないか?自分勝手な“理想の女性像”を私に投影されるのはもうゴメンなんだよっ!!」

「この人は本当に誠実でいい人だけど、先々お寺に入るというし、そういう半・公人的な立場の人が離婚経験のある女を妻にするというのは、体面上あんまりよろしくないのではなかろうか?
まだつき合いが深くならないうちに私の身の上を話していた方が、後になって互いに傷つかなくて良いかも知れない。」

前者が8、後者が2。
自分がバツイチだと告げて、彼がどう反応するか。
まあ、退くだろうなー、と降られる覚悟を決めて、もう破綻した短い結婚生活のことを話し始める。



誰に急かされたわけでもないけれど、30歳を目前にして「結婚」に対して焦りが出始めた。
というか、正直なところ長年の周りからの「そろそろ結婚しなさい」プレッシャーの重さに遂に耐えきれなくなった、負けたというのが実情だ。しかもその頃、元気だけが取り柄だった私にとって生まれてはじめての、体調が優れない日が続いていた。
自分で自分を養う、ということがこれからもずっと出来るのかと不安を感じ始めていた。
そこに現れた結婚願望の強い男の子。と、いっても私より年上。
恋愛至上主義なところのあった私にとって、恋愛を経過しない結婚はあり得なかった。彼を好きなのだと自分のモチベーションを高め、合わないところは見ぬ振りで、彼にプロポーズさせるようにし向けていった。互いの住まいが離れていたのも功を奏したかも知れない。
けれど、自分を偽って作り上げた関係には無理があった。互いの好きなものも嫌いなものも違いすぎることに徐々に気付き始め、くっついたり離れたりを繰り返しながら、結局結婚しようと言うことになったが、その形に持っていくまでにすでに内実は破綻していた。式は挙げなかったので、彼の家に引っ越しして入籍する日が結婚予定日のようなものだったのだが、その日が近づくにつれ、険悪なムードになっていく・・・。私たちは互いに相手と向き合うことにうんざりしていたが、もうそのときには引っ込みがつかない感じになっていた。
両親に、彼との結婚を迷っている旨を相談したが「結婚なんて甘いものじゃない」「忍耐が肝心」といわれ、引き下がるしかなかった。彼の前に一度、別の相手と婚約して親戚一同に紹介したものの破談になったという前科があったので、両親としても体面があるし、今度は別れないで欲しいと願っていたのだろう。ご丁寧に父から手紙まで送られてきた。
世間的に見たら結婚を迎えて幸せの絶頂のはずなのに、私は全然嬉しくなかった。
引っ越すにあたって、それまで自分が大事にしてきた家具や1000冊近くあった本を処分することを求められた。彼の家が狭いからと言うのが、その理由だ。
今思えば実家に送れば良かったのだけれど、先に書いたような理由もあって、その頃の私は実家に頼み事がしにくい気持ちのわだかまりがあった。
家具のほとんどは友人たちに無償で譲り渡し、本は毎日仕事から帰ってくると古本屋にせっせと運んだ。近所の古本屋で引き受けてもらえなかった専門書は、電車に乗って神田の古書店街まで引き取り手を探しに行った。

なにかが違う。
なにかおかしい。

本と引き替えに数枚の千円札を受け取りながら、自分の中から湧き上がる疑問。

その頃、勤め先の友人にも指摘された。
「結婚するっていうのに全然幸せそうじゃないんだもん」
確かに、私は幸せではなかった。
自分の大切なもの、自分の好きなものを否定されて、それを捨てて結婚を選んでいたのだから。
彼のほうも、私を養わねばならないとフリーターのような気ままな生活を捨てて、嫌々就職活動に奔走していた。

私も、相手も大きな勘違いをしていたのだ。

(今回で終わるつもりだったのに・・・まだ続く!)

 
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