寺に居る理由 9

青のシーマが右にウィンカーを出して、走り去っていく。
なんだか、乗り手に同調して車まで弾んでいるように見える、のは私の気のせいか。
いや、気のせいじゃない、多分。
「困ったなあ・・・。」
ひとりごちながら、アパートの部屋へ戻る。
電気をつけ、ユニットバスに湯をためる。湯気を見ているうちに急にコーヒーを飲みたくなって、薬缶に火をつけた。
コーヒー豆をごりごり挽きながら、考えるともなく考える。
今日も、彼と夕食を共にした。
別に断る理由もないし、話も合うし、と気軽に誘いに応じていた。
しかし、日に日に彼の様子は「恋愛モード」へと、シフトしつつある。
初めは自分の気のせいか思い込みかと思っていたが、どうやらそうではない。
わかりやすい人なのだ。
とてもいい人なのだ。
今までこんな誠実で正直な人に会ったことがない、と思わせるくらいに。
けれど、私は醒めている。
彼が嫌いなわけじゃない。
いい人だとは思うけれど、「好き」というところまでテンションが揚がっていかない。
それに・・・。
薬缶の笛がピーッと鳴いて、湯が沸いたことを知らせる。
ドリッパーに濾紙をセットして粉になったコーヒーをそこに入れる。
コーヒーを落とす間はひたすら集中。自分のために、丁寧にコーヒーを入れてあげよう。そういう心持ちになれたのは、このアパートで暮らし始めてからだ。

私は小心者で、他人の意見や評価が気になって仕方がないところがある。東京で暮らしていた頃はそれが特に顕著だった。自分の好きなもの、好きなことより「趣味がいい」「〜をしてるなんて凄い」という賞賛の声が欲しくて、ほめられたくて、人からかわいがられたくて・・・でも、私の場合「自分だけかわいがって欲しい」から、会社で他の子がお茶を入れて褒められたりすると憎々しく思ったり、いい仕事をすると妬ましくてイジワルしたり。ある意味、病んでいたのだと思う。
他の人を思っているフリをして、結局、自分の都合でしかものを考えていない。
こんなに頑張っているのに、努力しているのに、どこがいけないの?そういう思いが出てくること自体、もう自分のズレに気付けていない証拠。悪循環だ。
恋愛だってそうだった。
尽くす女を演じて、その分暗黙のうちに自分の要求を満たしてくれることを求めていた。タチが悪いねー。でも、健気だった。相手の要求や理想に合わせようと一生懸命だった姿は哀れとも言えるけど。
離れたからこそ、見えてくるものってある。

ユニットバスの湯を止め、台所に立ったまま、コーヒーを一口。コーヒーかすの入った灰皿を引き寄せて、煙草に火をつける。
今の自分は、若いとは言えない年(これを書いている今はそう思わないが)。教員採用も臨時のものだし、長年働いていた割に金銭の蓄えも大したことない。でも、それでもハートは満たされている。
他人が見たら殺風景なのかも知れない。でも、ここは私が本当に欲しいと思ってそろえたものしかない部屋。そして自分の好きなことを仕事に生かせている充実感。都会で人間関係に苦労した分、今の職場環境は快適にさえ思える。
じんわりと、日々のあちこちに「幸せ」がある。
何かに「幸せ」にしてもらうんじゃない。
幸せ なんて抽象的な言葉の上のイメージに踊らされるのではなく。
私が好きなこと、夢中になれるもの、そういうものを一つ一つ大事にして愛おしんでいく日々の積み重ね。
その中に「幸せ」があると気付いたのだ。気付けたことも「幸せ」のひとつかも知れない。

自分のために美味しいコーヒーを入れてあげて、誰にも文句を言われず煙草をゆっくり味わえる空間を持てている今。十分に幸せだ。この後はゆっくりお風呂に浸かって、明日の授業の確認をして好きなお香を焚きながらヨガをしてゆっくり眠りにつくのだ。
もう、誰かの「理想の女」になるのなんて、そんなものを求められるなんてうんざり。

なんだかわけもなくイライラしながら、風呂に浸かる。
湯船で顔のマッサージをしたあと、熱い蒸しタオルを顔に乗せてぼんやり気持ちよさに浸る。
はたと思い至った。
なんだ、私、もう彼に心惹かれてるんじゃないか。
それをあれこれ考えるのは、彼が私の気持ちを確認することなく、自分の思いを告げることもなく、一人で突っ走っているように見えるから。
私を見ているのではなく、「恋愛」に持っていけそうなシチュエーションにただ有頂天になっているように見えるから。
私は今はまだ「知りたい」段階なのだ。
彼がどんなことを考えているのか、何に重きを置いているのか、どのように行動しどのように生きたいのか。そういう観念的なことをだ。私が知りたいのはそういうこと。
私の位置付けは、私がする。
私という絶対と彼という絶対が出会う事によって生じる相対化。二つの絶対が出会って、互いがどのように照らし出されるか。
どうか、彼の鏡が私を正しく映しますように。・・・そういう欲はあるのだ。
正直に、ぶつかってみよう。
彼が私を受け入れられない、というのであればそこまでだ。仕方ない。
このまま、あいまいな態度ゆえに彼に気を持たせている状況は、とても失礼なことだ。

翌々日、彼と夕食を共にした後、いつものように車でアパートの前まで送ってもらった。
アパートの前の病院の駐車場に車を止めて、十分ほど話をしてから帰るのがお決まりのパターンになりつつあったが、この日は私から話を切り出した。
あなたの好意はありがたい。だからこそ、言わなきゃいけないことがある、と。

「実は私、一度結婚に失敗してるの。いわゆるバツイチなのね。」


 
この記事へのトラックバックURL ボットからトラックバックURLを保護しています