寺に居る理由 6

前回のエントリーから1週間以上経ってしまった。
2月に入って行事続き、しかも11日に大学の先生をお迎えしての学習会会所になっているので、掃除に勤しんでは一休み・・・といった感じである。
今日も午後から学習会兼会議で出かけるので、洗濯機が回っている隙を見てこの記事を書いているところである。
なんなんだ、この忙しさは。
暇なときは自分の周りだけ時が流れていないかのように暇なのにねー。

水曜日がやってきた。
仕事を終えてアパートに戻り、夕飯を済ませてから約束の「社会福祉協議会」まで自転車に乗っていった。
社会福祉協議会。しゃかいふくしきょうぎかい。
東京で働いていたときは聞いたこともない、というか、そのころの私のアンテナにはひっかからない存在だった。
しかし、鹿児島に帰ってきてみると母は病院で老人介護の仕事をしているし、勤め始めた学校には介護福祉科があるし、新聞には介護ヘルパー講座のお知らせがしょっちゅう載っている、という現状。1999年、時代は福祉・介護ブームのようなところがあった。
そして今、その福祉を職場名に冠しているようなとこに足を踏み入れている自分。なんだか、一年前の自分のことを思うとすごく遠くに来たような気がするなあ、としみじみ感じたりしていた。
ちょっと年季の入ったコンクリートの建物にはいると、受付に彼がいた。
「こんばんは。どうぞ、あがってください。」
受付横を通って、小さな会議室みたいな部屋に通される。
椅子に腰掛けて待っている間、どこかから笑い声や歌声が聞こえてきた。
彼が部屋に入ってきた。沢山の本と飲み物缶を持っている。
「なんだかにぎやかですね。」
「今日は手話サークルの活動日で、誰か職員が残って鍵の管理をしないといけないんですよ。ま、私はまだ下っ端でこうして一人でいるのも嫌いじゃないんで・・・これ、どうぞ。」
缶コーヒーとお菓子が差し出される。
「ありがとうございます。でも、私砂糖の入ったものはいただかないので、結構です。」
私はもともと甘い飲み物は好まない。また、東京にいた時分玄米菜食生活をしていて、その頃はまだ三白(白砂糖・白米・化学調味料、添加物など)に対する不快感が強かったため、甘いものは極力いただかないようにしていたのである。
大して気にする風もなく、彼は本の説明を始めた。
明治以前、僧侶は国家公務員的な存在で免税されていたこと、ただし僧侶として守るべき戒律が沢山あったこと、ある意味最高学府でもあったこと、天皇や貴族は社会の一線を退いたら出家するのが常識だった・・・等々。
自分も国文学科出身で色々知っているような気でいたけれど、実際その道一筋に来た人は違うな、と思いながらメモを取っていく。
何か授業のヒントを、と思ってきたけれど、もうこのお話自体がネタとして十分使える。感謝感謝♪
話が一段落ついて、彼が私の持ってきた国語要覧類に目をつけた。
「それ、資料ですか。」
「良かったら、みられます?」
映画が好きだといっていたから、文学にも嗜好があるのだろう。
要覧をめくりながら、目が楽しそうに輝いている。
「あ〜、○○だ。まだ読んでないな。○○か〜、懐かしいな、もっとこういうのも勉強しないといけないんだけどな・・・。○○は面白かったな〜。」
ひとりごちる彼を見ながら、「そう、文学系って言いかえれば‘オタク’ぽいってことよね」と頷く私。
しばらく彼と雑談をして、オタクっぽいとこもあるけど、すごく親切でいい人だな、福祉の仕事をしてるだけあるな(ある意味偏見)、と感じた。
9時も回ったので、本を借り、お礼を言って家に帰った。テストも終わって気が楽になっていたので、ずいぶんのんびりしてしまった。

次の日の夕方、彼から電話がかかってきた。夕食のお誘いである。
特に断る理由もなかったのでご一緒させていただいたのだが、それはなんと、一週間続いたのである。

 
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